本文へスキップ

TEL. 052-322-5735

〒460-0012 名古屋市中区千代田3-9-14



  〜お風呂 よもやまばなし
「極楽、極楽!」 湯船に浸かって一日の疲れをとる習慣は、近年になってからのこと。

昔、日本では天然の岩山の洞穴に枯葉を燃やし、濡らした筵を敷いて入っていた。
原始的な「サウナ」ですが、この洞穴を「むろ」と呼びました。
その「むろ」から風呂という言葉が生まれたんだそうです。
蒸風呂に入る習慣は江戸初期頃までありました。
江戸中期頃、初めてお湯に浸かるお風呂が定着したんだそうです。

江戸の町は何度も大火に見舞われたため、各家庭で風呂を持つことは禁止されており
湯屋(江戸では銭湯のことを「ゆうや」と呼んだ)の開業には「幕府の許可」が必要でした。
また各家庭で使用できるほどの水の便も良くなく、さらには薪も少なく高価だったため、
本格的な内風呂の普及は、第二次世界大戦以降の高度成長期に下る。
 湯屋に関する独特な用語
 ★湯女・・・浴客の入浴洗髪などの万般の世話をする湯屋で働く婦女のこと
 ★湯番頭(三助=さんすけ)・・・江戸時代から昭和初期湯屋は湯女を自粛して湯番頭、すなわち三助を抱えた。
                 銭湯で働く男衆のこと。
 ★洗粉・ぬか袋・・・洗粉は洗面入浴のおり、脂垢(汗、垢)をおとすものとして石鹸の使用が一般化するまで
           愛用されていたもの。古くは大豆などの豆類の粉、米のぬかなどが使用された。
           洗粉を入れる袋をぬか袋という。
 ★風呂敷・・・銭湯とか他家でのもらい湯のとき、湯具一式を包んでゆき、脱いだ着物を一時的に包み、
        浴後はぬれた手拭、湯褌(ゆふんどし)を包んで帰った四角い布。
        (現在、高島屋オリジナル「温泉ふろしき」がある)
        江戸時代は物を包む布と区別するため「湯風呂敷」と呼んだ。
 ★浴衣(ゆかた)・・・湯帷子(ゆかたびら)の略語。
            その昔、仏典では入浴の際他人と皮膚を接することを戒めていた。
            そのため着用した着物。明衣(あかは)ともいう。
            簡略の湯褌が現れると、入浴後の汗をさます一時着用となる。
            更には模様など染め、居室で着用し、後には夏の外出着用となった。
 ★湯褌と湯巻(ゆまき)・・・男子用(湯褌)。前を隠すだけの入浴専用の褌が使用される。
               通常使用のものと大差なく、俗に言う六尺もの。
               女子用(湯巻)。女子用の湯褌で、湯文字、腰巻という。

上記の湯褌、湯巻着用は、ともに江戸中期までの習慣で、その後は手ぬぐいで隠して入浴するようになったらしい。
実際、江戸時代も後半になると、湯屋は銭湯として庶民の間に浸透してくるが、ほとんど混浴。
寛政の改革によって混浴の禁止令が出たものの、実際は浴槽が分けられただけで、洗い場や脱衣場は男女一緒
というものも多かったようだ。
お上に気を使って設けられた、「男湯」「女湯」と書いてある入口を入ると土間があり、
番台を通って中へ入れば男女一緒。